それから丁度1週間後、再び歯医者に訪れた。

手に愛用の歯ブラシを持って。

前回の終了時に医者から、

「よく見るブラシがギザギザな歯ブラシ、あれはダメだね。磨けているようで磨けてない。ブラシは平行、フラットじゃなきゃ」

と言われていたが、あいにくそんな歯ブラシは持ち合わせていなかったので、

仕方なくブラシの先をハサミでカットして、激固になってしまった歯ブラシを持ちこんだ。

前回から1週間、私は鬼のように歯磨きに集中していた。

“大事なのは歯だけではない、歯茎も磨くことだ。”

そう教わったことを頭の中心に置き、

言われた手の角度、ブラシをこする回数を忠実に守り、歯を磨き続けた。

おかげで私の歯茎は真っ赤だったし、血も出た。

それでも言われた通りにやり続けたのだ。

全ては「磨けてるね!じゃあ親知らず抜いちゃおうか!」の言葉を聞くために。

「ありゃりゃ、全然ダメだね」

椅子に座り、口を開けた時の第一声だった。

私はその言葉を理解するのに数秒を有した。

え?嘘でしょ?あんなに一生懸命やったのに?全然ダメ?ちょっと惜しいとかでもなく?全然?全然ダメ???

明らかに挙動不審の私を前に、医者は「やれやれ」といった顔つきをして、

「今日は前回のおさらいをしようか」

と再び歯磨き講習が始まった。完全なデジャブだった。

まだ完全に納得しきっていない私をよそに、

その日も30分かけて、ただひらすらに歯磨きだけをした。

私の頭の中では、「次回こそ抜いてもらうぞ…!」という気持ちに切り替わりつつあった。

「じゃあ今日はここまでだね、また来週ね」

そう医者に言われ、頭を下げて医者を出ようとしたところで、医者に呼び止められた。

「じゃあ、1000円ね」

…ん?

あれ…?

あ…いや…前回、歯磨きだけだしタダって…

あれぇ………?

多分そんな思惑が顔に出ていたのだろう。

医者はいつものにこやかな顔で、

「この歯磨き練習はね、本当はもっと高いんだよ。みんなやりたくて予約が入るくらい。でもボクはね、なるべく安くやってるの。だからね、お得だよ」

と言った。

いや前回はお金いらないって言ってたよな…?

私今から自分でした歯磨きに1000円払うのか…?

というかそもそも、私は歯磨き講習をしたいんじゃなくて、親知らずを抜いて欲しいだけだったんだが…?

んんんんん~~~~~~~~????????

しかし私は払った。

医者で金額を提示されたら、払うという選択肢しか知らないから。

納得いってなくても、提示されたから。

うんうん、まぁ、歯磨きの仕方教えてもらったし。

そうだよね、受講料みたいなもんだよね、頼んでないけど、受けちゃったしね。

と自分に言い聞かせながら。

しかもちゃっかりと次週の予約もした。

翌週、再再度私は歯医者に訪れた。

私は歯磨き講習を受けた。

その翌週も歯医者に訪れた。

私は歯磨き講習を受けた。

さらに翌週も歯医者に訪れた。

私は歯磨き講習を受けた。

「じゃあ歯医者行ってくるわ」

たまたま家にいたシロクマくんにそう告げた時、

「なんか最近ずっと歯医者行ってない?虫歯?」

と至極当然な質問を投げられた。

「いや、ん-虫歯もあるっぽいけど、そんなすぐ治療の必要な奴じゃないっぽい…?」

「そんな虫歯あるの?ってか親知らず抜きたいとか言ってなかった?」

「あーそれなんだけど、今の歯茎の状態だと抜いたらめちゃくちゃ痛くなっちゃうみたいで、まずは歯茎を掃除して鍛えてる」

「歯の磨き方のやつでしょ?聞いたよ、え、まだやってんの」

「まだ合格が出なくて…」

「え?待っていつからやってんの?」

「1ヶ月前くらい…?中々歯茎の状態が良くならないんだよね」

「それ詐欺じゃない?」

………え?

「それお金払ってるんでしょ?でもriaちゃんは親知らず抜きたいんでしょ?それなんかおかしくない?」

とんでもない、しかしあまりにも正しい指摘に頭をぶん殴られた。

え?これ詐欺なの?私騙されてる?いい客だったってこと?

言われてみれば当初の目的へ、ずっと近づけさせてくれない日々を送っている。

私は何がしたいんだ?そうだ、親知らずを抜きたいのだ。

私は何をしている?そうだ、なぜか1ヶ月も歯磨き講習を受けている。

これは正しいのか?いや、間違い過ぎている。

そこでハッと目覚めた私は、その勢いのまま仮病を使って歯医者を休んだ。

もちろん次回の予約は、改めて連絡すると伝えたが、

私がその番号にかける日は、二度と来なかった。

ここで念のためお伝えしておきたいのだが、

歯磨き講習なるものは確かに存在し、

もちろん多くの需要があり、お金を払って受けるものである。

だがしかし、私は歯磨き講習を望んで通院していた訳ではない。

私は最初から【親知らずを抜きたい】という意思を伝え続けたが、

希望していない講習を、流されるまま受けてしまっただけだ。

決して(おそらく)、違法なことはなかったということだけ、ここに記載しておく。

何はともあれ、私の“行きつけの歯医者”は再び消え去った。

でもまだ親知らずは残っている。

次なる歯医者を探さなければ。

しかし1ヶ月、歯磨き講習に通い続けた私にとって、

もう痛みなど感じない親知らずは、脅威ではなくなっていたため、

ここから暫く歯医者とは無縁の生活に戻ることとなった。

あとちょっと歯医者がトラウマになった。

続く

ria